ShiNO│フリーライター
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生と死と そして僕らは

あの日 誰かが死に 僕らは生きた

いつか 僕らは死に 誰かの片隅で 記憶になる

いつか 僕らの死は 誰かの記憶にすらもなれない


そうやって 繋がり 回り 果て 生まれ
粛々と繰り返されてきた命の重みなど誰が誰に語れようか


誰かの死を 笑い話のように 悲しむ人 

誰かの死を 涙の向こう側で 笑う人

どちらが正しいはずもなく
ただそこには死という現実と真実と
そして一つの終わりがあるだけで

死を尊ぶ事が 美学だなんて ばかげてる
死してなお尊ぶ事も 本当は無意味

生ある間が花
生きてるあなたや君を ちゃんと愛したいな

それでも それでも

記憶に墓標が増えるのは やっぱり悲しい事だから
そこに理屈や道徳なんて それこそ無意味
だからつまりこの日記は無意味。



死、というキーワードについて考える事が度々あります。
それは経験した悲しみ、そして死への恐れ、色々あるけれど、
死は思っているよりも身近で、
それでもやっぱりどこか他人事の様に感覚は希薄で
大事な人の死や、例えばニュースで届けられた誰かの不幸にも、
やっぱりどこか他人事だったり、思いっきり他人事だったりする
自分に時々嫌悪感を覚えたりそうでもなかったりもします。;
死んだことないから仕方がないんですけどね(笑)

そんな自分でも、
やっぱり親しい人が亡くなった時は人並みに悲しいわけで。

今日は親しい人の死、について思い出すきっかけがあったもので
阪神大震災で亡くなった友達の事や
かわいがってくれていた祖父の事をなんとなく思い出していました。
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